■ Escape / 餌恋 「——お目覚めでしょうか?志貴さま」 朝、平和な変わらない朝、いつものように翡翠に呼 び起こされる。 「ああ。起きてるよ。どうぞ入って」 「失礼します」 翡翠はドアから[普通]に入ってきて、いつものよう に挨拶をしてくれる。 「おはようございます。志貴さま」 思えば、あんな事があって以来この部屋には秋葉達 以外に、もう1人訪問者ができた。 問題なのは、その訪問者が部屋の主に断りもなく窓 から入ってくる事だ。 「どうなさいました?ご気分でも悪いのですか?志 貴さま」 「いや。ちょっと、もの思いに拭けっていただけか ら大丈夫だよ」 翡翠は、ほっとした様子で。 「そうですか。では朝食の用意ができております。 着替えが終りましたら居間にいらしてください」 その様子を見て、自分が心配されている事に少し感 動してしまった。 つい、翡翠をじっと見つめてしまう。 視線に気付いて、真っ赤になりながら。 「それでは失礼します」 言ってふかぶかとお辞儀をして退室しようとする。 自分の感謝の意を込めてお礼を言った。 「翡翠。いつも起こしてくれてありがとう。それか ら忘れてたけど、おはよう」 「はい。おはようございます。どうか良い一日を」 翡翠は、もう一度お辞儀をして退室して行った。 「さて」 独り言を口にして、もぞもぞと着替えを始める。 完全に着替えを終えて、居間に到着したのは10分 後の事だった。 今日は、珍しい事に寝間着をきちんと畳んだのだ。 いつもなら、着替えて居間に到着するのに3分程度 である。 居間では秋葉と琥珀さんが紅茶を飲んでいた。 俺と違って優雅なものだ・・・ 「おはよう。秋葉、琥珀さん」 「おはようございます。志貴さん。朝御飯の準備し てきますね」 琥珀さんは快活に挨拶して台所に行ってしまった。 「お、おはようございます。兄さん」 何やら慌てて挨拶をかえす秋葉・・・ 何か聞かれては拙い内容の会話でもしていたのだろ うか? まあ、訊いても答えてはくれないだろうが・・・ 「兄さんは、長期の休日でも相変わらず遅いんです ね」 こちらの考えを察したのか、会話の焦点を俺の起床 が遅い事に向けてくる。 実際に遅いのだから思っている事を言ってみよう。 「別に、休日だからって遅くまで起きているわけで もないのに、なんで起きれないんだろうね?」 「そんなのは兄さんの精神が弛んでいるからに決ま っています!」 相変わらず秋葉の一言がチクチクと俺を刺す。 しかし、自分でも不思議なくらい早起きができない のは確かだ。 あの一件以来は特に夜遅くに出歩く事も・・・ま あ、無いとは言えないが頻度はかなり少なくなった し、夏季休暇ようするに夏休みに入ってからは、も っぱら早寝なくらいだ・・・にもかかわらず、朝早 く目が覚めないのでは自分以外に原因が見当たらな い。ここは、やはり秋葉の主張が正しいのだろう。 「やっぱり、俺に原因があるのかなぁ? 「見たまま、兄さんは堕落の権化です!」 酷い言われようだ。 「・・・しかし、精神が弛んでいると言っても、精 神というのは形の無い抽象的なイメージのような物 だし、鍛えようとして鍛えられる物じゃないし、目 に見えないんだから弛んでるかどうかなんて確認の しようがないだろう?」 「それはそうですけど・・・」 上手い回答が見つからないのだろう。 秋葉は返答に困ってしまったようだ。 「差し出がましい事を言うようですが、精神とは通 常見える物ではありません。身体という入れ物に入 って、はじめて状態が判る物であると考えられま す。宿主の生活態度や行動はその人が弛んでいるか どうかを見極めるのに最適であると思われます」 いつの間にか後に居た。翡翠が秋葉を援護する形で 説明を始めた。 「失礼な事を言うようですが、志貴さまが堕落の権 化ではないのなら、世の中の人間のほとんどは堕落 していない事になってしまいます。志貴さまは、も う少し生活に機微というものを持たれた方が良いと 思います」 翡翠にお説教を貰ってしまった・・・ 「ほら、翡翠だって言ってるじゃないですか」 この2人の言いたい事をまとめるとこうだ。 [夜は早く寝て、朝は早く起きなさい] それが出来ないから、毎朝怒られたりしているのだ が。 しかし毎朝のように[妹に怒られる兄]という構図も どうかと思うので、いいかげん何とかしたいのは確 かだ・・・ が、どうにもなっていないのが現状だ。 俺ってホントにダメなんだなぁ・・・・・・ 少し悲しくなってきた。 「志貴さ〜ん、朝ご飯の支度ができましたよ〜」 妹に怒られる兄に、救世主である琥珀さんの救いの 声が・・・ 「それじゃ秋葉、翡翠、朝ご飯を食べてくるよ」 言って居間から逃げる。 朝食を済ませて自室へ戻る。 窓から外を見てみると青空が広がっている。 「う〜む」 「どうされたのですか?志貴さま」 「うわぁ!」 外を見ている間に入ってきたのだろうか。翡翠がド アの近くに立っている。 翡翠の事だから、キチンとノックしてから入って来 たに違いないが、ノックにも声を掛けてくれていた にもかかわらず、それに気付かないのは、やはり弛 んでいるのだろうか? などと自分の生活態度に関して考えてしまう。 「申し訳ありません。ノックをしても何の返事もあ りませんでしたので、おられないのかと思ったので すが、驚かせてしまいました」 「いや、そんな事は気にしないでいいよ」 「そういうわけにはいきません」 無表情で言わないで欲しい・・・ 「何かなさっておられたのですか?」 「せっかく、晴れて良い天気なのに室内に篭もって いるのも、勿体ないなと外を見ながら思っていたん だよ」 「お出かけになられるのですか?」 実際に出かけるとなると、また話は別になってくる のだが。 特に行きたい所があるわけでもなく、外に出るとい うのは年寄りと変わらない、もっとも室内に居ても 何もしないのだから日光を浴びた方が百倍マシな気 がする・・・ 「そうだね。ちょっと出かけるよ。散歩みたいなも のだから、そんなに遅くならないけど出迎えはいら ないからね」 「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃ いませ」 翡翠はペコリとお辞儀をする。 その—職務として当然なのだろうか?—仕草が可愛 いと思う男子は多いのではないだろうか? ね?そこの君! ・・・意味のわからない事を考えていたような気が する。 「いつもありがとう。それじゃ、行ってきます」 「はい」 少し紅くなって表情が和らぐのが判る。 最近は翡翠の表情が読み取れるようになってきて、 自分の進歩に少し驚いてみたりする。 翡翠に、いつも気遣ってくれるお礼を言って屋敷を 後にする。 さて、屋敷を出たは良いがどこに行こうか? いつも下る坂道を考える。 まず、学校はありえない、街は人ごみが予想れる、 というか普段以上の人ごみだから行きたくない。 ・・・消去法をしよう使用していくと。 「結局ここか」 目の前には公園が広がっていた。 無意識のうちに公園まで来てしまうとは、条件反射 か!? とりあえず日陰のあるベンチに腰をおろす。 それにしても見事に人がいない 公園全体が静寂に包まれているような錯覚を受けて しまうくらい、人もいないし音も無い。 太陽が相変わらず照り付けているが、日陰にいるの も手伝って気にならない。 むしろ、そよ風が涼しくて気持ちが良いくらいだ。 平和だ・・・・・・いつも世の中(特に俺の周囲) がコレくらい平和だったらなんて、ありえない理想 を脳内で展開してみる。 「はぁ。あるわけないよな・・・平和なんて」 溜め息と共に独りごちて、再び気を抜いて呆ける。 ぼうっとしていると、無意味な事や歌が勝手に浮か んでくる事が多いが、今回は歌のようだ。 ♪愛で〜♪殺して〜♪ロマンティックに〜♪ ♪壊れる〜♪くらい♪抱きしめてGang〜♪ ♪爪をたてて 牙を剥いて 突き刺して〜♪ ♪このまま〜♪醒めないで〜〜♪ ♪ずっとバラバラ〜♪ 浮かんできた曲は、ロカビリー調で公園の雰囲気に まったくマッチしていない物だった。 無意識に浮かんでくる物なんて、その程度の物なの だろう。 「遠野君は、そういうのも好きなんですねぇ」 唐突に聞き覚えのある声。 いつの間にか、隣にはシエル先輩が座っている、し かもカレーパンを食べながら・・・ ——驚きのあまり、しばし放心—— 「どうしたんですか?鳩が豆鉄砲くらったような顔 をして」 シエル先輩は不思議半分、心配半分といった感じで 覗き込んでくる。 ちょっと、落ち着いてきた・・・突然の事なので何 があったのか理解に苦しんでしまった。 「ん?え〜と、シエル先輩はいつからそこに?」 シエル先輩の座っている所を指差す。 「え〜とですねぇ。遠野君の隣に座ったのは今さっ きですよ。ちょうど遠野君が歌を歌い始めたころで す。最初はずっと死角から観察していたんですが、 遠野君の歌声に釣られて出てきちゃいました」 さも「当然」という風に説明してくれた。 呆けていて、シエル先輩が座ったのに気付かないど ころか、さっきの曲を口に出していたのか!? 流石は俺! いや、そうじゃない。 今回ばかりは自分に呆れてしまいそうだ・・・ 「遠野くんの声って、凄くいいんですよ。綺麗って いうんじゃないんですけど、響くっていうのかな? そういう感じです」 何やら、とても嬉しそうに俺の声についての分析を 聞かせてくれる。 「先輩だって、可愛い声してるじゃないか」 「誉めてくれるんですか?ありがとう♪」 「しかし、これじゃ。秋葉に弛んでるって怒られて も仕方ないかなぁ」 「怒られたんですか?」 「怒られるのは毎日の事なんだけどね。今回は精神 が弛んでるってさ」 「確かに、遠野君は弛んでますからねぇ。もう少し 気を引き締めた方がいいですよ」 「でもさ。精神って見えないし、形のない物じゃな いか。肉体みたいに形があれば弛んでても鍛えられ るけど、形のない物を鍛える事は出来ないよ。それ に形が判らないのに弛んでるも何もないと思うんだ けどな」 「精神は確かに形はありませんし、見る事も出来ま せんよ。でもコレは、その人の生活態度や行動パタ ーンに表れるモノなんですよ。ですから、秋葉さん が行動パターンを分析した結果として遠野君が弛ん でるっていう答えが出たんですよ」 やはり生活態度というのは、その人間を正確にあら わしているらしい・・・ 「じゃあ、どうすればいいのかな?」 「さっき言ったみたいに、気を引き締めるっていう のは良いと思いますよ。よく強い心を持つって言う じゃないですか。それと同じです。生活を送るうえ で、早く起きる事を意識したりするだけでもだいぶ 違うと思いますよ」 それなら、常に周囲に気を配るっていれば先輩の尾 行に気付いたり、寝ている時にアルクェイドが部屋 侵入して来ても気付けるんだろうか? 「それは無理でしょう。遠野君は一応素人なんです から」 シエル先輩が真面目な顔をして返答してくる。 ・・・思考を読まないでほしいです(涙) でもこんな何でもないやり取りが、とっても大事な 事だって事に何人の人が気付いているんだろうか? 友達や家族と談笑したり食事したりする事が。 思えば、最近は人と人の絆みたいな物って意外と稀 薄な感じがする。 ニュースを見てると、何で家族を刺したりできるん だろう? 大切な家族なのに。 俺は家族を傷つけるような人間は許せないし許す気 もない。大事な家族を護りた い、妹の秋葉は当然だし、翡翠や琥珀さんも護って やりたいと思う。 俺はまた、この眼鏡を外す時が来るのかもしれない な・・・ 「遠野君は、わたしの事は護ってはくれないんです ね」 ちょっと、むくれながら不機嫌そうにカレーパンを 頬張る先輩。 「先輩。俺また口に出してた?」 「いいえ。一言も言ってませんよ」 「先輩。人の思考を読まないでください・・・」 「どうせ、わたしなんて護ってもらえないんです。 いいですよべつに・・・」 なんか小声でブツブツと鬱になったのか? 「そんな事ないよ!先輩の事だって護るに決まって るじゃないか」 「ホントですか」 嬉しそうに聞き返してくる先輩。 「ホントだよ。今の先輩は死んだら終わりなんだか ら、いきなりお別れなんて嫌だ!」 「わたしも突然お別れなんて嫌です」 「やっぱり、平和だって事は良いよなぁ」 公園でのんびりして最初に思った事を口に出した。 特に意味があったわけではないが、自分が幸せだと いう事を実感したかったのかも知れない。 「そうですね。平和でのんびりできる事のが一番で すよ」 カレーパンの最後の一欠けを口に放り込んで、幸せ そうなシエル先輩。 これが、彼女の小さな幸せの一つなんだろう。 [死ねない身体]から、ロアを倒した事で、身体能 力や知識こそ以前のままだけど[死ぬ事]ができる 身体になったシエル先輩。 望みは叶った・・・けれど任務は死と隣り合わせだ から、ひどく心配になってしまう。 「ところで、今日は花火大会ですね」 う・・・今日一番ふれないで過ごしたかった話題に なってしまった。 確かに今日は花火大会だ。 当然の事ながら、一緒に見る相手はアルクェイド だ。既に待ち合わせ場所まで決めている。 だからこそ、今日は花火の話題に触れないように過 ごそうと思っていたのだ。 アルクェイドと花火を見る。なんて言ったらシエル 先輩だけでなく、秋葉まで阻止する為に動きかねな い。 折角の花火大会だし、アルクェイドは花火なんて生 で見たは事ないだろうから、今回は優先的に見せて やりたいとういう気持ちがあるのだ。 とりあえず、今はこの窮地を脱する方法を考えなけ ればいけないのは確かなようだ。 「先輩。ちょっと飲み物買ってくるよ。カレーパン を食べてたけど何も飲んでなかっただろ?」 「え?いいんですか?」 「いいよ。何がいい?」 「遠野君にお任せします」 「わかった。そこで待ってて」 席をたって、自動販売機に向かって移動する。 時間稼ぎには成功したが問題は[これからどうする か?]という事だ。 さっきから人っ子1人、公園内に入って来ないのは シエル先輩が結界を張っているからだろう。 それも[入って来れない]と[出て行けない]とい う二重結界だと考えるのが妥当なせんだ。 となると、俺が選択できる選択肢は、以下の通りだ ろう。 ㈰先輩を[どうにかして]結界を解いて脱出する。 ㈪結界の[意味]を殺して脱出する。 ㈫現実は非常な物だ!諦める。 まず㈫これは絶対に選択したくない。もっての他な のでパス! 次に㈪これはいくらか現実的だけど、なれない事は 脳に負担をかけてしまうだろう。 そもそも魔眼自体が脳に負担をかけてしまう代物 だ。今だって眼鏡なければ生活してられないのに、 結界の「死」なんてなれないものを見ようとした ら、それこそどんな反動があるか予測できないし花 火を見る前に廃人になるなんて御免だ。 よしんば結界を殺せたとしても、シエル先輩は結界 が破れた事に気付いて追いかけてくるだろう。そう なったら弁解の余地もないからパス! 結局残ったのは㈰・・・先輩を[どうにかして]結 界を解いて脱出するか。 最難関は先輩を[どうにかする]って事だよな、正 面きってバトルを仕掛けても120%こっちが返り 討ちにあうだろう。不死身じゃなくなったとはい え、身体能力や知識は以前のままなんだから正攻法 は絶対にできない。 正攻法以外でシエル先輩を眠らせるか、気絶させる 方法・・・・・・ あまりやりたくないが、今回は仕方ないか。 アレを使おう。 とりあえず飲み物を買わないと話にならない、幸い ココの販売機は缶と紙コップの両方がある、ノータ イムで紙コップにするのは決まっている。 飲み物はコーヒーが良いかな?味が強い方が良いの は確かだ。 でも、炭酸飲料は飲んだ瞬間に舌が麻痺するから味 が判らなくなるって、何かで読んだな。 よし!コーラにしよう!! コーラを購入して、ポケットから取り出しましたる は、琥珀さんの部屋を片付けた時に出てきた薬! 白くて小さなビニール袋に少量入っているあたりが 妖しさを誘うが、この際そんな事にかまっていられ ない。 琥珀さんの部屋から、くすねてきた薬をコーラの中 に入れる。薬が溶けたのを確認して自分のコーラを 買う。 あとは、この薬がアッパー系の薬じゃない事を祈る だけだ。 「お待たせ。はい、先輩の分」 「ありがとうございます」 コーラ(よく判らない薬入り)を渡してシエル先輩 の隣に腰をおろす。 「それじゃ、いただきます。遠野君」 「うん。どうぞ」 シエル先輩につられて自分もコーラを飲む。 一息ついたところで、話題は花火大会の話に戻っ た。 「遠野君は花火大会に誰と行のくか。決めてるんで すか?」 ストレートな質問だ。 「う、うん。決めてるよ。一応は・・・」 「誰と行くんですか?」 シエル先輩はいつになく顔がマジだ・・・これでヘ ラヘラしながら「アルクェイドと行くんだ〜」など と言おうものなら、命がけの逃走になるだろう。 ここは普通に答えないで違う方向から話を逸らして みよう。 「誰と行くんですか?って先輩・・・結界を張って 俺を捕獲しておいて、それはないんじゃないでしょ うか?」 「気付いてました?」 「気付くよ。そうでなかったら俺が飲み物を買いに 行った時に、何かしてるだろ?」 「そうですね。余裕が逆に気付かせてしまいました か」 「ところで、先輩?この結果を解いてくれないかの な?そうでないと、花火大会はおろか、夕飯に間に 合わない」 俺の言葉を聞いてシエル先輩は、意地悪な笑みを浮 かべて俺を見据えてきた。 「遠野君の返答次第ですね」 「え!」 予想していた事だが、直面してみるのと予想ではや はり衝撃が違う物だ。 「一緒に見に行く相手が、私だったらとても嬉しい なぁ」 俺を見つめる笑顔は相変わらず意地悪な子悪魔的な ものを感じさせる。 ・・・・・・・・・ 流れる沈黙。 「それとも・・・」 ビシ! 場の空気が変わった。 ギシギシと空間が軋む音がする(気がする) 「それとも、まさかアルクェイド・・・あのアーパ ー吸血鬼と花火に行く気なんですか?」 ビシ!ビシビシ!! 一段と空間が軋んだような気がする。 心なしかシエル先輩から俺までの間が歪んでるよう に見える。 シエル先輩は俺を見つめている・・・ 見つめるというよりは睨んでいると言った方が正し いのかもしれないが。 「どうなんですか?秋葉さん達と行くというなら私 も諦めます。家族とのだんらんを壊すほど、お馬鹿 ではありませんから。でもあの不浄者だけは許せま せん!」 う〜む。薬が効きだすまでまだ少し時間が掛かると 思うんだが、これは腕の一本や二本は覚悟した方が 良さそうだ・・・ 「今日は秋葉や翡翠達とは行かない」 「それじゃあ。私ですか?」 少し空間がゆるんだような気がする。 「いや。悪いけど今日はアルクェイドと行くんだ。 アイツはまだ、生で花火なんて見た事ないだろうか ら」 一呼吸置いて。 「だから、結界を解いてくれない?」 ビシ!ビシビシビシ!!! 「ダメです!」 やっぱりダメか。 仕方ない、シエル先輩だって殺す気で追っては来な いだろう。 公園の入り口方に逃げるとしよう。 俺は今の自分にできる精一杯の事(全力で逃げる) を始めた。 シュン! え? 見ると前方に黒鍵が刺さっている。 ヤバイ!マジだ! 今のだって頬かすめるようにわざと威嚇して投げた に違いない。 目の前には公園の出口が見える。 結界の所為で脱出は無理かもしれないが、このまま 一気につっきる! 覚悟を決めたその瞬間の事だった。 シャ!シャ!シャ!シャ!シャ! ザク!ザク!ザク!ザク!ザク! 俺の足元に黒鍵が5本刺さっていた。 進路どころか前に進む事も出来ない。 立ち止まるしかない俺を、跳躍で飛び越え眼前に降 り立ったシエル先輩が・・・ バタ! どうやら、すんでの所で薬が効いてくれたらしい。 シエル先輩は着地と同時に倒れこんでしまった。 助け起こしてみると、そこにはシエル先輩の安らか な寝顔があった。 あとは、シエル先輩を部屋まで送り届けて屋敷に帰 るだけだ。 自分が無事で、先輩も怪我はしてないし良かったと いえば良かった部類だろう。 とりあえず、シエル先輩を抱きかかえて公園を出 る。 気分的にはシエル先輩は眠り姫で、俺は王子様だろ うか。 さすがに通行人の視線が痛いので急いで、シエル先 輩の部屋に向かった。 部屋について、先輩をベットに寝かせて。 「ごめん、先輩。今度花火を見ようね」 目覚めないうちに退散しよう。 屋敷に帰る途中、今日の自分の行動が軽率だった事 を反省してしまった。 アルクェイドと花火を見るとなると、最低でもこれ くらいの事がおきるというのは、充分に予測できた はずだ。なのにする事がないというだけで短絡的に 外出してしまったという事が悔やまれる。 外出しなかったら、こうならなかったのか? というと判らないとしか答えようはないけど。 はあ・・・最近は普通の人と違うところで気苦労し てるような気がする。 屋敷に帰り着いたのは5時頃のことだ。 中に入ると、翡翠が玄関で待っていた。 「おかえりなさいませ。志貴様」 「ただいま。少し部屋で休むから、夕食になったら 呼んでくれる?」 「かしこまりました。では夕食の支度が整いしだい 御呼びいたします」 「ありがとう。それじゃ、お願いするよ」 ロビーで翡翠と別れて自室を見まわす。 しっかりベットメイキングされていて、翡翠には感 謝しても足りないくらいだ。 動き回って疲れたので、眠りにつくのも早かったら しい普段ならしてしまう。考え事も今回はする暇も なく意識が消失した。 翡翠が起こしてくれたのは6時半くらいだった。 秋葉と食事—相変わらず無言の食事だが—をして、 居間で紅茶を飲んでいる。 「そういえば秋葉。ここのところ屋敷が騒がしかっ たけど何かしたの?」 「はい。屋敷内と敷地内のセキュリティの強化をし まいした」 そもそも、セキュリティが意味をなさない奴が身近 にいるのに セキュリティの強化とは今更な気がする。 「どうして今更そんな事してるんだ?」 「兄さんが夜な夜な屋敷を抜け出すからです!」 最近は大人しくしてるのになぁ。 「今日だって、出かけるつもりなんでしょう?」 ばれてるし。 「う、うん。まあね、花火を見にちょっと・・・」 「兄さんは秋葉と一緒に花火を見てはくれないので すか?」 「秋葉と見る気が無いわけじゃないんだ。今日は先 約っていうのもあってね。だから今日は我慢してく れないか?」 きっ!と俺を睨んで。 「やはり兄さんには、お灸を据えてさしあげなけれ ばならないようですね」 う・・・髪の毛が赤くなってきてる。本気モード だ。 「翡翠!兄さんを部屋に連れて行って!」 「はい。秋葉様」 翡翠は俺の方に向き直って。 「では志貴さま。お部屋をお連れします」 え? [お部屋をお連れします]?意味がわからない、とい うか言葉として間違っているような気が・・・ よく見ると、翡翠の手が俺を指差して渦を巻くよう にグルグル廻っている。 ます。お部屋をお連れします。お し                     部 れ 。お部屋をお連れします 屋 連 す                。 を お ま 部屋をお連れし 連  お を  し  お  連れし ま  れ 連 屋 れ  。 お  ま  す し れ 部 連 す  を屋部お。 ま  し お  お ま           す  ま 。  を  しれ連おを屋部お。 す す 屋                 。 ま 部お。すましれ連おを屋部お し  れ連おを屋部お 目の前が真っ暗になってきた・・・ 意識が・・・お部屋を・・・お連れします・・・ 「・・・き様。志貴様」 翡翠の声で目がさめた。 見覚えの無い空間。湿っぽい。 「何処だ?ここは」 「お目覚めにならえましたか。ここは遠野家地下階 にあります。座敷牢の中です」 座敷牢ねぇ、あるって聞いてたけどホントだったの か・・・って! 「座敷牢!?」 「はい」 「なんで、こんな所に入れらてるんだ?」 翡翠は無表情に答える。 「志貴様が夜間に抜け出したり、他の女性とよくお 逢いになられるので、調きょ・・・お灸を据えるそ うです」 なんか、不穏当な事を言おうとしていたような気が する。 「今が何時かわかるかな?」 ポケットから懐中時計を取り出して。 「現在は8時になります。花火大会まで1時間しか ありませんね」 「まずい!脱出して行かないと!翡翠。ここの鍵は ないの?」 「私は持っていません。姉さんが持っていますけ ど」 表情を曇らせる翡翠。 確かに琥珀さんはいない、鍵が無いいじょう脱出方 法は一つだ。 ズボンのポケットからナイフを・・・ナイフ、ナイ フ・・・ 「翡翠。俺のナイフ知らないかな?」 「ここに入れられる前に、秋葉様が取り上げてしま いました」 ・・・どうするか。 とりあえず、眼鏡をはずして鉄格子を見る。 線は見ているけど刃物がない。 ダメで元々のつもりで手刀を作る。呼吸を整えて意 識を手刀に集中する。 鉄格子の上の線をなぞるように一息で振り下ろす! シュ! かえす手刀でもう1本の線をなぞる! シュ!! カラン。カラン。カラン。 鉄格子がすっぱり分断されて、人が1人くらいは通 れるようになった。 凄え・・・ほんとに出来たよ・・・[切り人] 無我夢中で出来た技だが、これでまた一歩、殺人貴 に近づいてしまった。 「それじゃ翡翠。こんな所は、さっさと出よう」 「はい。志貴様」 座敷牢を出て通路を歩いていくと、そこには琥珀さ んが立っていた。 「第一関門は突破したんですね。志貴さん」 「鉄格子が第一関門って酷くないですか?」 琥珀さんは嬉しそうに答える 「そんな事ないですよ。始めの提案では志貴さんの 両手を拘束して、石の座布団を仕掛ける予定だった んですから。翡翠ちゃんに感謝してあげてください ね」 酷いを通り越して、えげつないというかなんという か、本気で調教する気か? でも、やっぱり翡翠は優しいな。 「ありがとう。翡翠」 感謝感謝。というか感謝しかできない自分はダメな 人間っぽいけど。 翡翠は真っ赤になって照れている。 「琥珀さん、早くしないと花火大会に遅刻なんだけ ど、通してくれる?」 「では志貴さん。これを持って行ってくださいね」 俺のナイフだった。 「なんで今更?」 「次の通路は、後に広がる迷宮ですから。動物さん も沢山いますし護身用ですよ。結構広いですから頑 張ってくださいね♪」 ナイフを右手に持つ。 「じゃ、行きます」 「行ってらっしゃい」 琥珀さんが送ってくれるらしい。 「ん?翡翠?どうしたの?」 翡翠を見つめる。 「私はもうダメみたいです。志貴様は私に構わず先 へ進んでください」 「翡翠・・・無表情で言っても、あんまり説得力な いぞ」 無表情のまま赤くなる翡翠。どうやら恥ずかしいら しい。 「まあ良いや。それじゃ、今度こそ行きます」 「行ってらっしゃい。死なないでくださいね〜」 ヲイヲイ(汗)。 とりあえず、通路がどういう分岐の仕方をしている か、わからないので壁にそって進む事にする。 ピンポンパンポ〜ン 「本日は、諤々動物ランドをご利用ありがとうござ います。中は設計者でもでて来れないくらい、入り 組んでいますので頑張ってくださいね〜」 琥珀さんだ・・・ 設計者でもでて来れないって、迷路として破錠して るよな。 Guruuuuu—————! 唸り声が聞こえる。 通路に何か毛も落ちている。どうやら大型で危険な 動物の香りがプンプンしている。 少し距離をとっておきたいので、眼鏡を外してここ で待つ事にする。 近づく唸り声。 ・・・来る! 勢いで飛び出して急所を峰打ち! ガス! 巨体が崩れ落ちる。 奇襲は成功したらしい、もっとも、失敗してたら俺 が死んでいたのだが。 ライオンだった。百獣の王だ。シャレにならない。 財力にモノを言わせてこんなものまで用意するなん て、ろくでもないな。 結局その後も狼、灰色熊、クロコダイル、etcと 多彩なラインナップだった。 やっとの事で出口から出ると、琥珀さんが待ってい た。 「志貴さん、生きて出て来れて良かったですね。」 「なんで、あんな凶暴な動物ばっかり放し飼い状態 なんですか!?下手したら食べられて終わりです よ!」 「みんな、良い顎してたでしょう?諤々動物ランド なんですから、これくらいのラインナップは外せま せんよ」 「う〜、まあいいや。次はどこ?」 「え?」 「だから、次はどう行けばいいの?」 不思議そうな顔で俺を覗き込んで。 「ここはスタート地点ですよ」 「なに〜!」 スタート地点に戻ってきたのか、まずい時間を無駄 に浪費しているような気がする。 「琥珀さん!今の時間はわかりますか?」 「時間ですか?・・・・・・8時50分ですよ」 ガッデム!遅刻ほぼ確定じゃないか。 とにかく急がないと。 「琥珀さん。ヒントが欲しいんだけど、ここから入 ったら、出口ってどの辺?」 「よし!じゃ、行ってきます」 「頑張ってくださいね〜」 琥珀さんは手を振って送ってくれている。俺も手を 振って答えてから、眼鏡を外して壁の線を・・・ 斬る!斬る!!斬る!!! やってはいけない事だが、時間がないのだから仕方 がない頭痛の耐えつつ、壁を斬り倒してショートカ ットして進む。 何枚斬っただろうか?かなり早い時間で出口に到着 できた。 階段があったので上って行くと、植物園が広がって いた。琥珀さんの栽培している草花が沢山ある。 通称サイコガーデン。 薬になる草花がほとんどだ。危ないのとか沢山ある んだろうなぁ。 と、こんな事考えてる暇は無い。 中庭の方に向かって走る。 たぶん、普通に玄関はマークされている筈だから、 中庭から林を抜けて、待ち合わせの学校へ行く事に した。 バララララララララ。 なんだ? 周囲を見まわすとそこには、戦闘ヘリが・・・ しかも、コクピットでは翡翠が戦闘ヘリを操縦して いる。 「ウソ!?」 なんで、翡翠がヘリなんか運転してるんだ? そもそも免許はどうしたんだ? わからない・・・ ついでに、お部屋をお連れしますってどういう意味 なんだ? わからない・・・ 俺が呆然としていると。 「あ〜あ。マイクテスト」 琥珀さんも一緒にいるらしい、アナウンスでもする のか? ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ おもむろにバルカンが火を噴く! 威嚇射撃だったらしく、俺に当たりはしなかった が、下手に動いていたら蜂の巣状態だったろう。 「志貴さ〜ん。翡翠ちゃん凄いでしょう?さっきの は威嚇射撃でしたけど、次からは捕獲ネットを当て にいきますから覚悟してくださいね〜♪」 ヤバイ!急いでヘリが入って来れない林の中に入ら ないと! 俺は脱兎の如く走った! それにしても、今日は走り続けているような気がす る。 途中でネットに捕獲されかけたが、なんとか逃げ切 る事ができた。林の中にはヘリでは入って来れない だろう。 スピーカーから翡翠の声が聞こえる。 「志貴様。ナパーム弾を打ってもよろしいでしょう か?」 一瞬、目の前がブラックアウトして意識とんでしま うかと思った。 「勘弁してくれ〜〜〜〜!!!!!」 大声で叫ぶ。 ナパームなんて打たれたら屋敷ごと燃えかねない。 「冗談です」 翡翠がいうと冗談に聞こえません。 しかし、ヘリを退けた事によって追ってはいなくな ったはずだから、あとは林を抜けて学校へ行くだけ だ。 走った。全力で走った。 もうすぐ林を抜けられる。 人影!? 減速して相手を観察してみる。 着物・・・?琥珀さんか? 「琥珀さん?」 「はい。翡翠ちゃんに志貴さんを止められないのは わかっていた事ですから、ここで待たせてもらいま した」 ど〜ん! 漆黒の空に大きな花が咲き、そして散る。 花火大会が開始されて、どれくらい時間が経ってい るのだろう? 急がなければならない事にはかわりない。 「琥珀さんじゃあ。僕をとめられないよ。だから、 通してくれない?」 ヒュオォォォォ。 風が吹く。 琥珀さんは、風で髪の毛が乱れるのが嫌なのか手で 髪の毛を押さえる。 その瞬間、何かが鼻孔をくすぐる。 やばい!とっさに手で鼻を覆って異物の侵入を阻止 する。 「やっぱり気付いちゃいました?結構自然に振る舞 ったからバレないと思ったんですけどねぇ。でも少 し吸い込んだでしょう?それ眠くなるお薬ですよ」 さすがは薬士、武器も薬か。 風がこっちに吹いてる限り、下手に動くと薬を吸い 込む事になりかねない。 でも、時間は刻一刻と過ぎている。 どうするか・・・ ブゥォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!! あ!ラッキー。突風が逆風で吹いた。 こてん。 「琥珀さん!」 「す〜。す〜。す〜。Zzz」 琥珀さんは、不意の突風で薬を思いっきり吸ったら しく、寝息も安らかだ。 「翡翠。これモニターしてる?」 林の中に話し掛ける。 恐らく、林の中にもカメラを設置してモニターして いるはずだ。 スピーカーから翡翠の声が聞こえる。 「はい。姉さんが眠ってしまったのですね。あとは 私が引き取りますから、志貴様は先をお急ぎくださ い」 「ありがとう」 俺は、琥珀さんを木にもたれさせて先を急いだ。 さすがに壁越えはきつかったが、なんとか学校の校 門まで辿り着く事はできた。 「急いでグラウンドに行かないと・・・」 ! 校門に秋葉が立っている。 [待ち構えている]というのが正確かもしれない。 なんでだ?学校に来るっていうのは誰にも言ってな いのに。 「やっぱり来ましたね。兄さん」 「秋葉。なんで学校にいるんだ?俺が学校に来るっ て事は誰にも教えてない筈なのに」 秋葉は[くだらない事を言うのね]っという顔をし て。 「瀬尾が教えてくれましたから」 「お見通しだったのか」 「ええ。学校にくる事はわかってました。どうして も行くのですか?」 「約束なんだ」 花火大会は中盤に入ったようだ。派手な花火が連続 で咲き乱れる。 ホントなら今頃はアルクェイドと一緒に、これを見 ている筈なのにな。 「約束?アルクェイドさんとですか?それともシエ ルさんとですか?どうして、どうして兄さんは私に は答えてくれないのですか?私はこんなに兄さんが 好きなのに!」 秋葉は堰がきれたように感情をぶつけてくる。 これでは、まるっきり俺が極悪人じゃないか! 極悪人です! ・・・神の声ですら俺を『極悪人』だって言ってる し。 「兄さん。兄さんはホントは秋葉の事が嫌いなんで すか?」 涙で瞳を潤ませながら訴える秋葉。 可愛い・・・秋葉ってこんなに可愛かったっけ? 「そんな事はないよ。秋葉。でも今日はダメだ。約 束は護らなきゃいけないから」 「どうしても行くと言うんですね。それなら、秋葉 は全力で兄さんを止めます!この先には行かせませ ん!!」 秋葉の髪の毛が赤く染まっていく、力ずくででも止 めるつもりらしい。 俺はゆっくり秋葉に近づいて、秋葉の両肩を掴む。 秋葉の顔が目の前にある。 見つめ合う二人。 空に咲く花。 ただひたすら、秋葉の瞳を見つめる。 不意に秋葉の眼が閉じられる。 秋葉ごめん! シュト! 眼を閉じた秋葉に当て身をくわえて、気を失わせ る。 倒れかかってくる秋葉を抱きしめて。 「答えてやれなくて、ホントにごめんな。そのう ち、花火見に行こうな」 秋葉に呟いて、周囲を見回す。 たぶん、用意の良い翡翠の事だから、すぐ近くまで 来ているだろう。 「翡翠?近くにいる?」 少ししてから返答と共に姿を現す。 「はい。志貴様、お呼びでしょうか?」 「例によって、秋葉の事を頼む。今日はホントに頼 りっぱなしでごめんな。ありがとう」 「いいえ。志貴様は私の主人ですから、お気になさ らないでください。では、秋葉様は屋敷にお連れい たします」 言って秋葉を抱えて行ってしまった。 ・・・しまった!ヘリはもう運転するなって言うの 忘れた! まあ良いか。 それより、今は急がなければいけない。 俺は走ってグランドに行った。 グランドには何もないので、人影を視認するのは簡 単だった。 怒ってるだろうなぁ。もう花火は終りかけていて、 あと数発を残すのみだった。 花火のスポンサーが紹介されている。 「ごめん!アルクェイド。色々あって遅れた」 「志貴、遅〜い!もうすぐ花火おわっちゃうよ」 「だから謝ってるじゃないか。それに約束の時間に は遅れたけど、学校には来たんだから許してるく れ」 ぷく〜っとむくれ顔から、仕方ないという表情にな って、更に笑顔に変わるアルクェイド。 「でも、絶対に来てくれるって信じてたんだ。志貴って約束は護るから」 「俺もアルクェイドは、待っててくれるって信じてたよ」 アルクェイドと見つめ合い、少しだけ唇を重ねる。 夜という暗闇の中で蒼白い月と、色とりどりの花火という照明の中で、ほんの少しだけの短い時間、俺たちはkissをして抱きしめあった。 kissを終えてお互いに離れると、丁度最後の花火を打ち上げる前のアナウンスが流れていた。 「志貴の家でも花火大会に出資してたんだね」 「そうみたいだな。たぶんこんなの作ってくれ的な事を言って、イメージ通りの物を打ち上げるんじゃないか」 好奇心あり!という風に聞いてくる。 「そういうものなんだぁ。じゃあ、これから上がる花火は妹のセンスなのかな?」 「そうだろうね。お、花火が上がるぞ」 「うん、最後の1発だけだけど、一緒に見れて良かった、嬉しいよ。志貴。」 「そう言って貰えてよかったよ。命がけで屋敷から出てきたかいがあったってもんだ」 ど〜〜〜〜〜〜ん!!!! え!!!! 打ちあがった花火を見て、俺は意識が無くなるかと 思った。 隣ではアルクェイドが大爆笑中だ。 確かに凄い花火だった。 それは認めよう、だからって花火を使って訴えるの は反則だろう? 漆黒の空には、こう描かれていた。 [兄さんのバカ〜!] 花火が散って、星と蒼白い月を残す夜空に向かって 俺は絶叫した。 「こんなのアリか〜〜〜〜〜〜〜!!!!」 がばっ!と起き上がる。 ? 朝?部屋を見回してみる・・・ 丁度、翡翠が起こしに来てくれたらしい。 「あ。おはよう翡翠。」 「おはようございます。志貴様」 夢か?良かった。 あれが現実じゃなくて、そうだよな。翡翠が戦闘ヘリを運転できるわけないし、セキュリティの強化なんて今更するわけないもんな。 少し安心してると。 「志貴様。お着替えはここに置かせて頂きます。食事の用意をしてありますので、あとで居間にいらして下さい」 「わかった」 「それでは失礼します」 念のため、ちょっと聞いてみる事にする。 「翡翠。そういえば、ここのところ屋敷の中とか、騒がしかったけど何か知らないかな?」 「その事でしたら、秋葉様が屋敷内のセキュリティの強化を行った為だと思いますが」 !!! 「マジか〜〜〜〜!」 今度はホントに視界が、ブラックアウトしていくの がわかった。 ぬっぺら坊の話に出てくる、旅人になった気分だ。 消え逝く意識の中で「ニャ〜〜〜ン」という、黒猫の声が聞こえたような気がした。                     /END